この論文で重要なのは、MMRワクチンが自閉症の原因だとは言っていないことです。このワクチンが自閉症の原因だと言っているわけではないと論文の中でも明記しているし、それ以外の場所でも主筆のアンドリュー・J・ウェイクフィールド医師はそのことを繰り返し主張しています。単に症状のあらわれた時期が予防接種のあとだったと言っているだけです。予防接種は必要だと繰り返し述べています。
この論文で強調されているもう一つの点は、自閉症児の消化器を調べることで、自閉症に関する新たな発見がなされる可能性や、消化器の治療によって自閉症状や発達の遅れにも軽減が期待できることです。
この論文、ネット上で公開されているのは要約だけですが、本文を読まないと、この議論自体を理解できないし、不正確な情報も数多く出回っています。
また、すべての自閉症がこのワクチンや腸炎に関係しているとこの論文の中で言っているわけでもありません。このワクチンを接種していない自閉症児や腸炎を併発していない自閉症児も沢山存在していることはウェイクフィールド医師たちも否定していません。ただし、自閉症ではない子どもたちの消化器を調べた結果と比較して頻度の違いを報告しているので、自閉症児の一部でその自閉症状・発達遅延・消化器症状とMMRワクチンに何らかの関連性があるだろうと考えていることは明らかです。(因果関係と言っているわけではないことを強調しておきます。)
Wakefield, Murch, Antony and others, 1998, "Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive-developmental disorder in children," Lancet 351: pp. 637-642.
ウェイクフィールド医師は予防接種の必要性を認めており、特に麻疹のワクチンは必要だと主張してきました。ただし、MMRワクチン (新三種混合ワクチン) は過去に深刻な副作用報告もあるので、混合ワクチンではなく、時期を空けて別々の単独ワクチンを接種すべきという立場をとっています。そのことは論文に書いてありませんが、論文発表に際して行なわれた記者会見では、質問に対してそう答えたそうです。ここでいう「副作用被害」とは、特に自閉症を指しているわけではありません。
こういう形であれMMRワクチンで危険な副作用の起きる可能性を口にすることを許せないと考える医学者も多く、このウェイクフィールド医師たちを非難する投書が数多く『ランセット』誌や、ほかの専門誌にも寄せられました。
これと区別する必要があるのは、このワクチンを自閉症の原因だと考えている親たちが訴訟を起こしており、その根拠の一つとしてこの論文を挙げていることです。そのため、訴訟関係の団体とウェイクフィールド医師に金銭的なつながりがあるのではという容疑をかける投書も、論文が掲載された3ヶ月後に、同じ『ランセット』誌に載りました。
Rouse, 1998, "Autism inflammatory bowl disease, and MMR vaccine," Lancet 351: 1355.
これに対してウェイクフィールド医師は、訴訟団体から依頼された何人かの子どもたちを診察したことを98年5月の時点、『ランセット』の同じ号で認めています。ただし、ウェイクフィールド医師が診察した子どもたちは、開業医・小児科医・小児精神科医などを介して正式の手続きを通して依頼されたものであり、金銭的なつながりは無いと主張していました。
Wakefield, 1998, "Author's reply," Lancet 351: p. 1356.
この議論が6年後に突如として『サンデイ・タイムズ』紙に採り上げられ、論文解釈の部分撤回を宣言する文章が共著者たちによって『ランセット』紙に投稿されました。この件に関しても、近い将来、JiJoで正確な情報をお届けする予定です。