2006年06月01日

タイム誌の自閉症特集: 教育的介入について

ひきつづきTime誌アジア版の自閉症特集からです。後半3頁あまりは、自閉症への教育的介入に関する二つの独立した記事から成り立っています。エイミー・ゲイナー記者の取材に基づいてクローディア・ウォリス記者がまとめた "A Tale of Two Schools" と、ゲイナー記者自身による母親としての体験記 "The Most Difficult Decision of My Life: One Mother's Journey" です。
"A Tale of Two Schools" という題は、19世紀英国の小説家チャールズ・ディケンズによる長編 A Tale of Two Cities [二都物語] をもじったものでしょう。ここでは、自閉症児の発達を促し、予後を改善させる方法としてこの20年間米国で主流だったABAを提唱する行動分析学派、それに対抗しつつあるDIRという方法を提唱する発達心理学派という二つの学派に着目しています。そして、実践の現場では二つの方法を折衷的に使うことも多いとことわりをつけた上で、それぞれの方法を基本に自閉症児の教育を実践している典型とも言える二つの学校を訪問取材した結果をまとめています。"Two Schools" というのは二学派と二つの学校という意味を重ねているようです。

ABAについては日本語の情報もあるのでここでは深入りしませんが、UCLAで劇的な成果をあげたO・I・ロヴァス教授 (Ph.D.) の方法が米国の代表としています。ABAの実践例としてTime誌が取材したのは、ABAセラピストの資格と心理学の博士号を持つブリジット・テイラー先生がニュージャージ州に設立、陣頭指揮しているアルパイン・ラーニング・グループです。教師と生徒の比率は1対1、公的資金に基づく授業料は7万2223ドルで、一人一人に大量の記録をつけます。5歳から8歳の時点でここから普通学級入りする子は29パーセントで、その多くは補助員つきです。言葉の伸びが不充分だった子の中には、この学校へ通い続ける例も多いです。自閉症児にしばしば観られる風変わりな行動はしないよう指導され、課題の半分は、普通らしくふるまうことを目標にしています。

客観的な報告が豊富にあるのはABAで、それ以外の方法はどれも原則的には実験段階にあると主張するロチェスター大学のトリストラム・スミス教授 (Ph.D.) にもTime誌は聴き取り取材を行なったようです。スミス教授はロヴァス教授の後継者として見られており、ロヴァス式早期集中行動介入の再現実験を行なった結果を2000年に発表していますが、かつてUCLAで行なわれた実験ほど劇的な結果ではありませんでした。特に、社会的行動においては全く進歩が観られなかったとTime誌の記者は言います。

DIRは developmental, individual-difference, relationship based [発達・個性・関係性に基づく方法] の頭文字で、別名フロアタイムとも呼ばれます。NIMH [国立精神保健研究所] の教授で小児精神医学の権威スタンリー・グリーンスパン博士を中心に開発された方法です。母親と乳幼児が情緒的なサインを交換し合うことが学習の土台を形成するという考えで、子どもの遊びに大人が参加するところから始めます。

DIRを中心にしている学校として登場するのはニュージャージー州にあるセレブレイト・ザ・チルドレン (CTC) です。州の予算による学費は年間4万7856ドルです。2004年の設立当初は3人の子どもしかいませんでしたが、今は41人です。実験室のように刺激の少ない環境にはせず、実社会に近い学習環境です。子どもたちは輪になって遊びながら学びます。ABAの様に褒美として物を与えたりせず、笑顔や喝采、拍手など情緒的・社会的な報酬を与えます。校長のモニカ・オズグッド先生は6年間ABAの仕事をしていた経験もあり、技能を教える方法としてABAを高く評価していますが、自閉症児の感覚に対する配慮や、社交的なやりとりを教える方が大事だと言います。作業療法 (感覚統合) も、この学校のカリキュラムには採り入れられています。

DIRの効果を学術的に検証する作業はトロントのヨーク大学において進行中で、これからいくつもの報告が連続的に発表される予定で、中にはMRIで脳の変化を調べた報告なども入っているそうです。

"The Most Difficult Decision of My Life: One Mother's Journey" [生涯で最も困難な決断: ある母の旅路] でゲーナーは、息子さんにさまざまな方法を試み、劇的な効果は得られなかったあと、お子さんを寄宿制の学校へ入学させることを決めたのが、最も苦しい決断であり、重要な転回点だったと語ります。ゲーナーさん親子は、ある注射で自閉症を完治させる可能性があると言われ、注射の仕方を覚えて実践したけれど効果が観られず、そのお医者さんのところへは行かなくなったそうです。[セクレチンでしょうか。]

お子さんに注射を行ない、熱心に面倒を見てくれたお父さんが亡くなり、幼い弟さんもいるためか寄宿学校に入れる決断をし、選んだのはボストン東学園でした。ゲーナーさんによると東学園の方法はABAよりフロアタイムよりで、朝から晩まで詰まった課題を通して学ばせる方法です。生活の技術として紐を結ぶ練習をするために、靴はわざわざ編み上げにします。1日2回のジョギングで食欲と熟睡を促し、運動によるホルモン分泌で不安を解消し、芸術的な活動で創造性をつちかい、独立して暮らせる大人を目指します。夏休みに家庭で実践する課題も沢山あるそうです。お子さんは東学園の代表としてスペシャルオリンピックへの出場が決まり、希望に満ちた様子で記事は締めくくられます。

iRyotaの付記

アルパインのテイラー先生は、大学院生だったときにキャサリン・モーリスに家庭教師としてやとわれ、二人の自閉症児を回復させた人物としてモーリスの体験記『我が子よ、声を聞かせて』に登場しました。今回の記事でモーリスとのことには全く触れていません。

ABA系の方法にもいくつかの流派があり、VBやRDIなどは二つの集団を比較した学術論文も発表しており、親たちの評判も良いです。TEACCHもABAを基本にしていますが、考え方はかなり違います。こういった選択肢に触れず、ABA→ロヴァス式という図式でまとめてしまったのは、視野のせまい選択だったかもしれません。

今回の記事は、訓練に励む子どもたちの楽しそうな表情をとらえた写真も何枚か添えられ、全般的に明るい印象を受けます。
posted by iRyota at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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