自閉症児の教育方法として米国では定番になっている早期集中行動介入に対して賛否両論があっても良いですが、日本で出版されている書籍などを拝見するとまだまだ初歩的な誤解が沢山あります。実際にどういう成果が上がったのか、基本的なことを復習しておきましょう。
1970年代から80年代にかけてO・I・ロヴァス博士 (Ph.D) たちがUCLAで行なった実験では、連邦政府の研究資金が交付されたので、理想的な条件で早期集中行動介入を実施できました。最初の予定では被験者を無作為抽出で二つの集団に分け、一つは実験の効果を最大限にした実験群、もう一つは効果を抑制した抑制群 (control group) として結果を比較する予定でしたが、親としては自分の子が抑制群に振り分けられることを望みません。それで親たちが連邦政府に直訴しました。人道的な理由で、無作為抽出を行なうなら資金を交付しないと政府機関から通告されたロヴァス博士は、やむおえず別の方法で被験者を二つの集団に分けました。UCLAの近くに住んでおり、親も本気で取り組む意志があることを約束した20人を実験群、それ以外を抑制群としたのです。
最重度の子どもたちは、自閉症以外の困難を併発している可能性があるという理由で実験から除外されました。当時の診断基準で自閉症とは別だったアスペルガー症候群の子どもたちも入っていません。開始前の時点での平均IQは、実験群が63、抑制群が60でした。(非公式な話ですが、抑制群にレット症候群のお子さんが入っていたことが、あとで判明したようです。)
63という平均IQはやや高めかも知れません。検査をするときは、大人の指示に従ったら褒美をあげて強化するということを徹底して、能力を充分に引き出すようにつとめたとロヴァス博士は言っています。その分、介入前と介入後の差は小さくなるはずとも言えます。
実験群には週35から40時間の訓練が行なわれました。親が中心になって取り組み、複数の学生セラピストが交代で子どもの相手をし、大学院の修士課程を優秀な成績で終了した年長セラピストが毎日のように家庭訪問して進行状況を確認し、臨床班の会議が毎週ひらかれました。集中というのは単に時間が長いという意味ではなく、内容も集中的なのです。
抑制群は親勉強会だけで訓練時間も常識的な範囲、セラピストの派遣も無かったようです。
実験群20人のうち19人が残り、平均IQは20上昇しました。最も劇的に伸びた9人 (47パーセント) の平均IQは37上昇し、この子たちは過去の診断歴を隠して小学校の普通学級に入学し、最初の一年間を問題なく良い成績で終えました。もう一歩だった子どもたちの一人はその後に伸びて普通学級入りし、短大に進学しました。ここまでの成果は度重なる審査と議論を経て
Journal of Clinical and Consulting Psychology に掲載されました(Lovaas 1987)。
正常機能を獲得した9人のうち一人は、IQが高くても風変わりな行動が増えてしまい、その後、特別学級に移動しました。それ以外の8人は小学校卒業まで問題なく過ごし、成績も良好、IQやさまざまな心理試験でも正常範囲、二重盲験でマジック・ミラー越しに大学院生が観察しても普通の子と見分けがつかなかったそうです。ここまでの成果は論文として
American Journal on Mental Retardation に掲載されました(McEachin, Smith, & Lovaas, 1993)。この論文は巻頭特集のような扱いで、リチャード・フォックス博士やG・B・メジボヴ博士をふくむ何人かの有名な専門家によるコメントと、それに対するロヴァス博士たちの回答もついています。ショプラー博士や日本の先生がたなどがロヴァス式ABAを批判するとき、この論文は黙殺されることが多いです。
ABAに肯定的な英国のリッチマン先生が書いた本などでも、これらの論文に関する記述は間違っています。初期の失敗例を報告した73年の論文が早期集中介入の論文であるかのように書いてあります。日本語版の監修を勤めた先生がたも
原書の間違いを指摘するようなことはなさらなかったらしく、そのままになっています。93年の論文は、ロヴァス式の効果が定着しないと言う「定説」に対する反証として、米国では親でも読んでいる基本文献で、日本語訳も出ているはずです。
成人期の追跡調査も行なわれましたが、正式の論文として発表されたかどうか僕は記憶していません。リムランド博士のニューズレターによると、回復 (recovery) を成し遂げた8人は依然として普通の成人と見分けがつかないそうです。小学校の途中で特別学級入りした一人は未だに行動上の問題を抱えていますが、自閉症の診断基準からは外れたそうです。
8人の中で最も劇的に伸びたドゥルー・クラウダー君 (仮名) は大学へ入学しました。お母さんの
体験記が出版され、巻末には彼の作文も載っています。もう一人、ロバート・スミスさんはガラスはめこみ職人という危険な仕事をしておりBBCの特集に出演したので皆さんもご存じですね。
以前にも述べたことですが、ABAによる教育的な介入で能力を伸ばし、自閉症を克服した例を回復 (recovery) と呼びますが、これは医学的な意味で言う完治 (cure) とは違います。ロヴァス博士は "cure" という単語を絶対に使わないし、使うべきでないと言っています (Lovaas 2003, p. 393)。
「集中」と言うばあい、その内容も重要です。教科書として使われてきたミーブックを親たちが読んだだけで行なう介入や、ロヴァス門下の専門家による講習を受けただけではUCLA型の集中介入と言えないそうです (Lovaas 2002, p 399)。
参考資料
Lovaas, O. I. (1987).
"Behavioral treatment and normal educational and
intellectual functioning in young autistic children." Journal of
Consulting and Clinical Psychology: 55. Pp. 3-9.
Lovaas, O. I. (2003.)
Teaching Individuals with Developmental Delays:
Basic Intervention Techniques. Austin: Pro-Ed.
McEachin, J. J., Smith, T., & Lovaas, O. I. (1993).
"Long-term outcome for
children with autism who received early intensive behavioral treatment." American Journal on Mental Retardation: 97.4. Pp. 359-372.
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posted by iRyota at 20:36|
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